堀江酒場と大阪屋酒店のコト
弊社には山口県の酒が無かった。
山口県も勢いのある銘醸蔵が多いにもかかわらず。
そんなとき山口県の酒の会が東京で行わわれることとなり勉強の意味合いと山口の酒を視察する意味合いで出席した時のことだった。
山口にも個性的な酒や蔵がたくさんあり、とても興味深かった。一つの県でこれだけ個性の違う酒が醸されるのかというほどに山口県の酒には傾向というものが無く、バラエティに富んでいた。
酒造組合が主催する酒の会はたいていが2部制で、第1部が酒販店やバイヤー向けの試飲商談会。第2部が一般のお客さんを入れての食事会形式のお酒の会となっている。私が出席するのはもちろん一部だ。
金雀を醸す堀江酒場もそのなかの一角にブースを構えていた。端から飲んでいった中で最後の蔵で、聞いたことのない銘柄だった。
各ブースには夫婦で立つ蔵、若手の蔵子を連れてくる蔵、親子で立つ蔵、営業マンがいる蔵などさまざまであるが、堀江酒場のブースには一人ぽつんとたたずむ優男がいた。
数あるブースの中でも少し異様な雰囲気であったのを覚えている。
なんとなく群れる感じのしない孤高の存在感が漂っていた。
何を隠そうそれが金雀を醸す堀江杜氏だった。
後で聞いた話だが、堀江酒場の堀江氏は山口県の中でもひと際、誰ともつるまないタイプの方のようであった。蔵同士の交流が比較的盛んな現在の日本酒蔵の中でもまれな蔵であるという。
例によって一杯。
華やかなで澄んだ吟醸香が立ち上がる。口に運ぶと果物様のうまみが微発泡感と共にはじけながら広がり、そののちに綺麗にのど元を通り過ぎて後には何も残さず清々しさだけが残るようなキレの良さがあった。
驚嘆した。
最後の最後で出会ってしまったのだ。その日出席していたイケイケの山口の蔵がかすむほど圧倒的に美味しかった。
圧倒的だった。
圧倒的驚嘆。
即座に声をかけた。
「現在新規のお付き合いなどはお考えですか?名刺交換よろしいですか?」
快く名刺交換だけはしてくれた。しかし回答は、
「造りが小さいので特に今は新規での取引は考えてないんです。」
ハラリとかわされてしまった。
悔しかったがあきらめきれず翌年も山口県の酒の会には顔を出し口説いた。
結果は撃沈。ちょこちょこ電話も掛けた。
そしてその次の年も同じことを繰り返した。
そしてお願いしてから4年目の酒の会で、
「何とかお願いできませんでしょうか。」
「まぁ少しでも良ければ送りましょうか。」
OKがでた!
「ありがとうございます!!」
間髪入れずに蔵見学へのアポを取った。
「新期の取引にあたって是非現場で改めてご挨拶させていただきたいんですが。」
堀江杜氏が謙遜して言う。
「小さい蔵ですし”見せるようなものはない”ですから来てもらってもしょうがないですよ。」
「いえいえ是非いろいろ勉強させてください。」
「まぁじゃあ〇月〇日に・・・・・。」
そうして蔵見学当日。いざ山口!!
一泊二日の出張で前日から岡山から入り広島、島根なども回った。田舎道をレンタカーでひた走った。劇的な疲労の中、広島で泊まった激安ホテルだと思って取ったホテルはただのサウナ付きのカプセルホテルだったことも懐かしい。すべては堀江酒場のために!!
そしてようやく堀江酒場へ。
錦川が流れる山あいの小さな町に堀江酒場はあった。
地元でも小さな酒販店を経営しているようだった。
蔵はそこから徒歩で3分ほどのところにある。
堀江杜氏と山口で再会。
(いよいよあの圧倒的驚嘆の酒の神髄をこの目で!!)
血沸き肉躍る瞬間だった。
「失礼します!!」
私の右足が蔵の中に吸い込まれる。そして堀江杜氏が言う。
「遠いところスミマセン。本当に良かったんですか?」
「いえいえめちゃくちゃ楽しみでしたので!!」
「蔵の中は見せないのに。」
「ん?」
「”見せるようなものはない”って言いましたよね。」
「え?あ?ん?」
動揺を隠しながらも言葉を秒速でそしゃくした。
なんと”見せるようなものはない”というのは謙遜ではなく”見せることができない”という意味だったのである。
圧倒的驚嘆。
通常取引が無ければ酒屋であっても蔵見学不可ということはたまにある。しかし一度取引が始まれば蔵見学を受け入れるというのが慣例であった。しかし見せられないと言われれば、それも蔵のスタンスであり、哲学に基づくものである。そこはもちろん蔵側の気持ちをしっかり尊重させていただく。
侮りがたし!!堀江酒場!!
非凡な酒は付き合い方も非凡なものであると心に深く刻まれた。
そしてそこから堀江杜氏とは蔵の入り口の応接スペースで横並びで2時間ほど日本酒談義をした。堀江杜氏自身は、
「数多い求めず、自分たちのできる範囲で良質な酒をこの地元で醸していきたい。」
といういたってまじめでシンプルな姿勢で酒造りに取り組む酒蔵であることが分かった。
そこからの堀江酒場の快進撃は語らずともといったところである。
需要に対しての供給は完全に間に合っていない。
スゴすぎる。
そしてそれ以降、堀江酒場は山口の酒の会でも第1部の商談会に出ることはなくなった。第2部の一般向けの食事会にのみ出るスター蔵となったのである。
当時あまりの驚嘆で写真を撮ることを完全に忘れてしまったことはこの場を借りてお詫びすると同時に再訪した際には必ず写真を撮って帰ることをここに約束する。
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