阿部酒造と大阪屋酒店のコト

夏、飛び込みでスーツ姿の若い営業マンが入ってきた。

名刺を渡されると『ぐるなび』と書いてある。

ぐるなびを絡めて飲食店でお酒の会をやったことは何度かあった。

そのことに関しての何かの担当の変更やブラッシュアップかと思った。

若い営業マンは言う。

「ぐるなびの阿部と申します。〇〇さん(吉祥寺の飲食店オーナー)の紹介で来ました。僕の実家は酒蔵でして、実は今年蔵に帰って蔵元として酒造りするんです。来年できたお酒を是非飲んでいただいたうえでよろしければお付き合いしていただけませんでしょうか。」

実に単刀直入でまっすぐな瞳で問うてきた。

私は「まぁまぁとりあえず座ってくださいな」

と彼の話を聞いた。

彼は阿部酒造の阿部となる男。

サラっとなぞると現在、阿部酒造は新潟の柏崎市にある。酒販店としての機能を果たす小売り部があり、その小売り部がほぼ本業で地元で酒販店をやりつつ、冬には酒蔵として日本酒も造っているという二毛作的な経営をしているらしかった。

冬に忙しい酒屋をやりながら、これまた冬に忙しい酒蔵として酒造りやるというなんともドMな二毛作だ。今までは彼の親父さんが酒販店をやりつつ数人の季節雇用の従業員を使いながら酒蔵を両立し、作ったお酒は小売り部で売ったり、地元の問屋におろしたりしていた。

しかし彼自身はあくまでも酒蔵として成功したいとのことだった。


市場のコト、味わいのコト、流通のコト、価格のコト。あらゆる話をした。

今思えば飛び込みで入ってきた彼の話を時間をかけて真摯に聞けたのはなみなみならない彼の図々しさに加え、同世代がこの業界に入ることが嬉しかったからかもしれない。

頑張る同世代を放ってはおけないという気持ちと、不思議なインスピレーションで「彼ならいい酒を造るじゃないか」となぜか思えた。

「とりあえず親父さんが造ったをサンプル送ってほしい。そして自分の酒ができたらそれも送ってほしい。」

そう言ってその日は勇み足気味の彼の気持ちをなだめた。

数日後、約束通り彼はサンプルを送ってきた。楽しみだ!!

閉店後テイスティング。一口・・・。

「マズッ・・・いや好みじゃない・・・。」

ここ最近感じたことないくらいの〇〇さだった。

なんだろうこの口に残る独特のオフフレーバー(本来の味を損なう香り)。

今回はご縁が無かったということで・・・。

その後、彼に電話を入れ正直に感想を伝えた。

電話口のトーンが出だしに比べて一気に落ちたのがわかった。

すまない。こっちもビジネスだ。気持ちだけで売れるほどこの市場は甘くない。

しかし彼はすぐにこう言った。

「僕の酒ができたら是非!!」

と2秒後には切り替えていた。

(タフなヤローだぜ)


そしてその年の冬。彼の酒が送られてきた。ぐるなび退職後すぐにいろいろな蔵に行き勉強してきたようだった。

ラベルはひらがなで

「あべ」

いたってスィンポ―。そして一口。

うーん。味わいの完成度は今一つであった。しかし醸してみたいと言っていた酒質にヨチヨチ歩きで何とか近づけたような執念を感じる酒でもあった。

なぜだろう。理由はなぜだかわからないが必ず良くなる気がした。

こちらもあとは執念で売るしかない。

ということで付き合いが始まった。

案の定、苦戦した。今までにないくらいに厳しい反応だった。こちらも毎年状況を伝え、コミュニケーションを重ね、私自身も蔵へ赴いた。そのたび度に新しい装置が増えたり、手作りの設備があったりと少しずつ投資とレベルアップを重ねているのが見て取れた。

彼のすばらしいところは分析能力の高さだと思う。経験の浅さを補うために徹底したデータ管理に基づきなぜそうなってしまったのかを、私もわからないような専門用語で理路整然と語る彼の顔はもはや職人のそれだった。そして分析した結果をもとに来期にどう活かすかを毎年必ずレジュメ数枚にいっぱいの文章を書いて送ってきた。毎年少しずつ少しずつ味わいが洗練されていくのは、その分析結果が的確であることの何よりの証明だった。

お付き合いが始まって6年目のコトだった。例によって新酒のサンプルが送られてきたので飲んでみた。

メロンのようなたっぷりとした色気のある香りに膨らむ甘み、それとバランスをとりあう酸。苦味もなくキレもいい。なによりずーーーっとあった独特なオフフレーバーはすべて消えていた。ひいき目一切なし!本当に美味しい!!

あぁ信じてよかった。

涙が出そうになった。

「あべ」は以前からはその生産数の少なさが話題になりはじめ、少しずつだが認知度が出てきていた。そして6年目から現在、「あべ」にはファンが着実につきはじめ、弊社でも人気銘柄の一つとして、お客様の舌を楽しませてくれている。某日本酒ランキングサイトでも新潟県で堂々の1位だ。

しかしこれはゴールではない。

彼のレジュメはいまだに毎年びっしりと文章で埋め尽くされ送られてくる。
まだまだ高みへ!彼の挑戦は終わらない。

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大阪屋酒店オフィシャルサイト

1923年創業の吉祥寺でこだわりの日本酒、本格焼酎、ワインを中心に販売しております。 お酒の楽しさ、お酒がつなげてくれる人と人、 生活の中にお酒があるということの豊かさを伝えていくために日々努力しています。 更に願わくば蔵元が丁寧に丁寧に想いを込めたお酒を飲んでいただければ幸いです。

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